メイン | 2005年2月 »

2005年1月

2005年1月30日 (日)

PLANET of the APES

 映画史に残る名作「猿の惑星」をティム・バートン監督がリメイク。公開当時から気にはなっていたのだが、先日のテレビ放映でようやく見ることができた。

 元の「猿の惑星」は、
衝撃のエンディングで歴史に残った一作目
馬鹿正直に続きを作って前作に泥を塗った二作目
風刺コメディに成り下がった三作目
不気味な予兆を見せて期待を持たせる四作目
エンディング以外は見ない方がいい五作目
 という感じで、不出来さも含めて愛すべきシリーズと言えるが、

 さてこのリメイク版。一作目をなぞる、と思わせておいて全く異なる展開を見せてくれるではないか。そして、元祖とは別のタイプの衝撃を与えてくれるエンディング。
 リメイクとしての出来と、新作としてのオリジナリティを両立するという難題を見事にクリアしており、なかなかどうして、名作である。

 調子に乗ってこの続編なんか作るなよ。

特殊メイク 8
謎の機械  8
唖然呆然度 8
個人的総合 7

2005年1月29日 (土)

審査、講評、そして採点

 学期末になりました。課題の採点とか、試験とか、コンテスト作品の審査とか、成績を付けるとか、講師特有のお仕事がたくさんある時期です。

 先生方の中には、これらの仕事が嫌いな人も多いみたいで、中には超アバウトで済ませてしまう人もいるようです。確かにめんどくさいものねぇ。数字もいっぱい見ないといけないし。
 一方、私はどうも採点とかコメントとか成績付けたりとか大好きみたいなんですね、困ったことに。バランス良く成績が付けられた日には、会心の作品が一本できたような気分ですわ。

 私はいつも思うのですが、仕事の評価ってとても大事です。今、多くの会社では年功序列をやめて、成果主義に移りつつあります。しかし、このシステムは成果が正しく評価されてこそ意味のあるものです。評価する人が公平さを保たないと、結局ゴマスリ社員だけが得をすることになるわけで。労働者のほとんどは、「自分の働きは正しく評価されてない」と思ってますよ多分。
 そういった評価と比べると、学校の成績ってのはお金が絡まないこともあり、かなり公正な評価を出すことができるんですね。数字なんか意味がない、という意見があるのは重々承知ですが、私は、成績付けとは数字に意味を込める作業だと思っていますんで。

 ちょっと手の内を明かすと、「プリントAを提出すると平常点に10点プラス」「作品の中間報告で課題点に20点プラス」みたいな具合に、かなり精密にルールを決めてます。こうしないと、公平を保てないんですね。平常点なんて、印象で付けようものなら、親しく話しかけてくる学生の点が高くなってしまいます。それでは、成績の価値がなくなってしまいます!

 仕事のプライドを保つために、今日も私は電卓とにらめっこです。

2005年1月27日 (木)

バイオハザード4

 今日は仕事帰りにこの新作を買いました。予約してたので特典DVDもバッチリです。ちなみに大統領の娘バージョンでした。俺はエイダの方が欲しかったんだよ!

 ゲームキューブオンリーのはずが、今頃になって突然PS2版も発表された本作ですが、ハッキリ言って移植を待とうなんて考えない方がいいです。先月号の「CG WORLD」に、バイオハザード4のメイキングが載っていたのですが、それを読む限りでは、ハードの特性を生かし切った制作内容になっており、そう簡単に完全移植出来るとは思えません。待たされたあげく劣化移植、などという悲劇よりは、旬のうちに味わっておくべきであります。

 ネタバレになるので書きませんが、オープニングは比較的シンプルなのですが、その内容はこれまでのシリーズのファンを大いに驚かせることと思われます。フルモデルチェンジ、すげぇ。ゆっくり楽しませてもらいます。

2005年1月25日 (火)

続・本気と書いてマジと読む 

F0cyzul_  先日来、面白くてたびたび訪問しているたけくまメモですが、どうやら竹熊先生のマンガ採点地獄も終わりを告げ、多摩美では無事講評会が行われた模様です。

 今年は普通っぽい作品が多くて、なんか普通のマンガの新人賞を審査しているみたいでしたね。まあ普通で悪いってことはないんですが、羽生生純の『恋の門』に登場する「自称マンガ芸術家」みたいに、石でマンガを描いて「マンガは芸術だ!」と言い張るようなのはさすがになくて、ちと寂しい感じも。

 …なんでこの先生はこうも私の琴線に触れる文を書きますか(笑)。学生の創作物が、年々普通っぽくなるというのは、どこも同じということなんでしょうか。
 私は今年も学生のゲーム企画書の審査を仰せつかりましたが、なんか普通の企業の就職作品を審査しているみたいでしたね。年々作りはきっちりしてきてますし、普通で悪いって事はないのでしょうが、表紙が鉄板で作られた手が切れそうな企画書とか、マイクでプロレスを実況、マニアックな技を見分けて正しく解説すると高得点とか、自販機から出てくる酒を飲んで銘柄を当てるゲームとかは、さすがになくて、ちと寂しい感じも。(これらはすべて過去に実在しました。5年くらい前だったかな)
 学校では「ちゃんとした企画書を書け」としか言わない私ですが、こういうとんでもない作品は嫌いではないです。給料もらってこんな企画立てたらアホですが、学生の間はいろいろ暴走すればいいんですよ、それが特権なんだから。
 卒業制作でプロみたいなゲームを作って何が面白いんですか。例えば今年は、下半身ゴキブリになった少女と恋に落ちる、というADVがあって、この作者の頭の中はどうなっているのだろう、と思ったりもするわけですが、私は全面的に支持します。だって学生作品じゃん。
 今後は、「作りたいゲームがあるからこの学校に来ました。でも就職は普通の会社に行きます」みたいな、余裕のある人生観を持った学生がもうちょっと増えてもいいのではないか、と思ったりもします。でもこういうのって、大学的発想だよなぁ。どうも〈ゲーム作り〉と〈専門学校の職業訓練的カリキュラム〉とは(自分の中で)しっくりいかなくて困ります。

2005年1月23日 (日)

あきまん、大カプコン連合へ再合流??

B0wcffyt  本日は、おそれおおくも〈あきまん〉さんの所へトラックバックをかましております。
 知らない人のために説明すると、あきまんさんは、カプコンデザインチームのリーダーを長い間勤められ、春麗を筆頭に数々のヒーロー、ヒロインを生み出したすげぇ方なのです。 数年前からフリーに転じ、∀ガンダムの人物デザインなど、ますます幅広い活躍をされてます。

 私が勤めていた当時、あきまんさんが、新人企画マンの似顔絵を描く、という光栄なんだかさらし者なんだかよく分からない行事があり、私も描いてもらいました。
 その時、どういう訳か〈好きなマンガ〉についての話題になり、私が、「寄生獣」が好きだ、と言ったところ〈あきまん〉アイズがキラーンと輝いた(←一部誇張)のであります。「岩明均の他のマンガも面白いですよ!」というのがあきまんさんの答えでした。岩明均は、かなり絵のショボイ漫画家ですから、あきまんさんのようなデザイナーから絶賛の言葉が出るとは、正直意外に思ったものです。
 今や私は岩明均のマンガをほぼ全部持つほどのファンとなっていますが、そのきっかけになったのがこの出来事であるわけです。あきまんさんのマンガを見る目に間違いはなかったのだなぁ。

 おっと話がそれまくりです。で、そのあきまんさんの日記によれば、最近岡本ボス(元カプコン専務、現ゲームリパブリック社長)や船水さん(元カプコン開発部長、現クラフト&マイスター社長)と会い、なにやら仕事を始めるようであり、だとすれば古き良き大カプコンの復活なのであります。
 不肖の弟子としては、今後を楽しみに見守っていく所存であります。

 ちなみに画像は、あきまんさんの最新作になるであろう「レッドデッドリボルバー」のパッケージであります。

2005年1月22日 (土)

目指せ、長寿マンガ!?

 私は手塚治虫のファンなので、長い間「手塚先生がもし60で死ななければ、必ずやさらなる名作が生まれたのに!」と思っていたのですが、最近はそうでもないかも、という気がしてきました。
 と、言いますのも、ここ最近、どうもベテラン漫画家のふがいなさが目につくからなんですね。
 例えば松本零士。作品はどんどん描いているんですけど、どうもいい評判を聞かないですね。銀河鉄道999の続編なんか、もうどこが面白いのかさっぱり分からない低迷ぶりを見せています。連載中断もやむなし、ですかね。
 あと、水島新司もだな。連載もあって現役バリバリですけど、「あぶさん」も還暦近くなってホームラン打者とか、とんでもないことになってます。始まった頃はすごくリアリティのある野球マンガだったんですがね。ちなみに、あぶさんが入団したときのホークスの四番は野村克也でした。
 クリエイターも引き際が肝心ですね。楳図かずおなんかは、自分で幕を引いた希有な例だと思います。

 噂によると「デスノート」の小畑建は相当のお年だそうですが、原作者がいるとは言え、あれだけ若々しい絵のセンスを保てるというのはすごいですね。ジャンプ系には珍しい、長命な漫画家になりそうですよ。

2005年1月17日 (月)

ブラック・ジャック「シャチの贈り物」

 昨秋から放送されているTVアニメ「ブラック・ジャック」。基本的には原作の通りのストーリーなのですが、夜7時の放送ということもあり、対象年齢をやや引き下げた作りとなっています。
 そのため、シナリオがかなりマイルドになっており、原作の突き放した読後感を知っているファンにとって、少々物足りないものになってしまっています。また、ブラック・ジャックといえば手術シーンは欠かせないのですが、術野を映さず、血が一滴も出ないところなど、表現の苦労がしのばれます。

 このように、いろいろと事情はあるのでしょうが、それにしても今回の「シャチ」はやりすぎでした。原作では、トリトンが人間の子供を襲って殺した(かも知れない)ということで、ブラック・ジャックは治療を拒否し、トリトンを死なせてしまいます。
 一方で、アニメではトリトンは実は人を助けようとしたのだ、というどんでん返しが用意され、結果として漁師もトリトンもブラック・ジャックの手術により助かるのです。

 これで、テーマが伝わったと言えるのでしょうか。ブラック・ジャックは確かに手術の天才ではありますが、患者を助けられないエピソードは絶対必要なものです。そこにこそ、生命を扱う医者のシビアさが出るのですから。
 ここまで甘くしないと放送出来ませんか? とアニメのスタッフを問いただしたい気持ちです…と思っていたら、なんと、手塚治虫の息子にしてこのアニメの監督である、手塚眞氏のブログを発見。内容を読んで絶句、落胆。作品をより良い形で伝えられなくて何のためのプロデューサーか。あたりさわりのないアニメを作りたいんなら原作に手塚治虫を使うのなんかやめておけ!!

ネタバレ部分は反転してお読み下さい

震災から10年

 微妙な揺れを感じたからなのか分かりませんが、朝の5時だというのに、あの瞬間、私は目を開けてました。揺れにあわせて、スローモーションのように書架がよたよたと歩き、ついには倒れました。このとき悲鳴を上げたような気がするのですが、誰にも聞こえてません。地鳴りがすべてを打ち消していたのでしょう。
 やがて日が昇ったとき、私の足元にあるべき家具が、枕元に飛んでいるのを見てぞっとしました。直撃していたら間違いなく命はなかったです。

 あれから10年。何のために生かされたのか、答えはまだ出ていません。

2005年1月16日 (日)

オーシャンズ11

 いよいよ公開された「オーシャンズ12」の予告編を見て、12作も続いてるのか! と思ってしまったのは内緒だ。

 さて、前景気を煽るために前作「オーシャンズ11」がテレビ放送されたが、こういう作品を見るたびにアメリカがうらやましくなるのは私だけか。
 とにかくドラマらしいドラマはほとんどなく、スピード感だけで話が進んでしまう。「踊る大捜査線」からでさえ、社会風刺を込めないと申し訳ない、という空気が伝わってくる日本とは大違いだ。視聴者に頭を一切使わせず、エンターテインメントに徹した映画に、役者と金をバンバンつぎ込めるアメリカってのは本当に素晴らしい。

 やってることは、正直ルパン3世と大して変わらず、その勢いを楽しめば勝ち組。ツッコミどころは多いが、

「盗んだものは11人で等分に分ける」

これが一番ありえねぇ。ジュリア・ロバーツよ、あんたが不二子になれ。

問題提起度 1
難易度   1
恋愛度   1
個人的総合 6

2005年1月13日 (木)

「富豪刑事」の心地よい非常識

 本日第一回の「富豪刑事」、当たりドラマの予感です。

 原作は筒井康隆の小説。筒井康隆と言えば、「時をかける少女」がよく知られているかと思いますが、あのような少年向けSFジュブナイルは、氏の小説ではむしろ少数派です。筒井作品の魅力は、なんと言っても世間の良識を挑発する毒にこそあるのです。

 娯楽作品というのは、一般大衆の多くの方に見てもらってナンボです。ですから、視聴者の反感を買うような設定はしないのが普通ですよね。しかしながら、その意識も行きすぎると、受け手に媚びた作品になってしまいます。
 例えば、「勉強ができる子」というのは本来望ましい訳ですが、「ドラえもん」の主人公の座は決して出来杉くんにはまわって来ません。世の中の多くの子は勉強もスポーツも大してできず、だからこそのび太くんが活躍出来るファンタジーが待望されるのです。でも一歩間違うとこれは現実逃避です。
 さらに、ギャルゲーや萌え系アニメなどでは、大して何の取り柄もない青年が女の子にもてまくるという展開が、何年も飽きずに繰り返されているわけですが、これなどは完璧な現実逃避です。
 受け手が物語から一時の夢を得ること、それ自体は全く悪いことではないのですが、それがあまりにもお膳立てされてしまうと、上記のように気色悪〜いことになってしまいます。
 その結果、フィクションの世界では、権力があったり金持ちだったりモテ過ぎたりする人物は、ほとんど自動的に悪人にされてしまいました。受け手である私たちは、現実の世界では太刀打ち出来ないこれらの人々を、せめてフィクションの中で貶めることによって憂さを晴らすように、と勧められているのです。でもこれって作り手にバカにされてる、と思いませんか?

 「富豪刑事」では、大金持ちで権力の後ろ盾もあり美貌にも恵まれた、神戸刑事が痛快に活躍します。庶民のやっかみは、この作中では笑いの対象で、この辺がいかにも筒井テイスト。それだけで終わってしまっては単なるへそ曲がりですが、非常識だからこそ常識にとらわれず真実が姿を現す、という逆転の発想が面白い。そして何より、彼女の正義感だけは紛れもなく本物なのです。
 原作は短いらしいので、ドラマオリジナルのエピソードが今後どのように描かれていくのか、楽しみに追跡しようと思います。

最近のトラックバック

アクセスランキング