« 2006年6月 | メイン | 2006年8月 »

2006年7月

2006年7月30日 (日)

MUSASHIの食い物が常にまずそうな件について

 金曜ロードショーが先週は「ハウル」、今週は「トトロ」と、すっかり夏休みモード全開である。
 宮崎アニメの絵はどれも素晴らしいが、いつも感心するのが、その食べ物の描写の素晴らしさ。これはもう「アルプスの少女ハイジ」のチーズから始まって、「ラピュタ」のドーラ一家の食事風景、「ハウル」のベーコンエッグまで連綿と続くこだわりの伝統芸と言ってよい。
 そう言えば、「千と千尋」のメイキング番組では、両親が飯にがっついてブタになってしまうシーンの作画にあたって、スタッフが自らおでんを買い込んで、食べる動きのリアリティを追求していたなぁ。
 この素晴らしき作画をたった今ジブリ飯と命名することにしよう。
 ゲームの世界では、カプコンのスクロールアクションにおいて、ドット絵の回復アイテムが特にうまそうということで評判であった。原始肉、鶏の丸焼き、サラダなど無闇に種類が多く、これはカプコン飯とでも言おうか。

6iuy40yh  しかるに、MUSASHIときたら…。以前の記事の信玄餅に続いて、こんどはほうとううどんの登場だ。
 まず右の写真を見ていただこう。これがほうとう。具だくさんでうまそう!
L3o3bw7b  ところが、MUSASHIの手にかかるとこうなってしまう。何、この得体の知れない具。デス姉、「オー、ジャパニーズヌードル!」って喜んでていいのかよ。海外に描かせるんなら、食べ物の資料くらいちゃんとまわそうよ。なんか、食事シーンの最中にどんぶりが行方不明になるような有様で、それどころじゃないらしいけれど。

MUSASHI -GUN道- 纏めの鬼

2006年7月29日 (土)

「MOTHER3」が遺したモノ その3

 「グランディア3」は途中でやめてもよいゲームだったが、「マザー3」は必ず最後までプレイしなければならないゲームである。

 最終章、リダの告白をあなたはどう思っただろうか。一般に、ゲームの謎というのは伏線やヒントを散りばめながら、徐々に明かされていくのが良いとされる。ところが、このゲームの謎解きはあまりに唐突だった。長々と文章で語られる真相に、打ち切りになったマンガのような不出来さを感じたプレイヤーもいたかもしれない。
 リダは語った。プレイヤーがここまで、少なからぬ時間をプレイに費やし、親しんできたこの世界は虚偽のものである、と。タツマイリは虚構の村である、と。人々の役割は作られたものであり、姫もドロボーももともとは存在しないのだ、と。
 「マザー3」は、普通のゲームを上回る細やかさで描かれていた人々や世界を、自らの物語の中で葬った。これは、プレイヤーにとっても相当なショックで、違和感どころか嫌悪を感じたプレイヤーがいたとしても、全く不思議ではない。
 ゲームの作り手は、プレイヤーがもう一つの真実と思ってくれることを願って、世界を作る。そして、できればその世界が唯一無二の魅力を持ってくれることを願っている。ところが、「マザー3」では、個性的だった世界の方がかき消され、ドラゴンの針を抜くという陳腐な使命だけが虚しく残る。

 RPGは死んだ。

 そして、抜け殻となった物語世界で、最後にが待っている。

続く

2006年7月25日 (火)

ゲーム制作の検定だってさ

 島国大和さんのブログって、ただの日記と言いつつ情報を投下してくるから油断がならないんだ。

 ゲーム制作者の技術検定制度、経産省が創設へ

 はい、無駄金。そもそも、ゲーム制作みたいに刻々とトレンドが移り変わっている技術を、一律に検定するのは無理だと思う。
 下手な定義をされると、「脳トレ」はゲームじゃありませんとか、訳のわからんことになりそう。
 こんなのが出来て喜ぶのは、検定料がとれて嬉しいお上と、セールストークの種が増えて嬉しいゲーム専門学校だけだろう。
 同じお金をかけるなら、ゲームやろうぜ!みたいなのをバンバン開催した方がよっぽど効果的だと思うぞ。

2006年7月23日 (日)

リベリオン

 先週、木曜洋画劇場で放映した「リベリオン」を観た。
 先にYouTubeでアクションシーンだけ見たり、MUSASHIが目指していたのはリベリオンだと聞いたり、いつもいけてない木曜洋画劇場がチャンベールバトル(←それ切り方反則)なんてキャッチを打ったもんだから、すっかりアクションオンリーのバカ映画かと思ってた。
 実際には、バトルまでの経緯、主人公が戦いを決意するまでの葛藤がそれはもうじ〜っくりと描かれており、非常にタメのあるストーリー。言い換えると静と動。この概念は作中の武道ガン・カタにも通じていて、作り手の武道へのリスペクトが感じられるのも好感触。
 マトリックスのフォロワーと言われればそうなんだろうけど、ちゃんとひと味違うところが出ているのは偉い。

 それにしても、私情を捨てて感情を取り締まるのが仕事のはずのクラリック、黒人の同僚がどう見ても感情違反だと思うのだが(笑)

子役生意気度 8
チャンベールバトル 10
ファーザー必死度 10
個人的総合   8

2006年7月18日 (火)

「MOTHER3」が遺したモノ その2

 RPGにおいて、劇的なストーリー展開は大きな楽しみである。
 「MOTHER3」もまた、その例に漏れない。とはいうものの、本作のストーリー展開の激しさはただごとではない。「このゲームはこんな雰囲気」と思って、プレイヤーが安心していると、たちまちその先入観はひっくり返されることになる。

 「マザー」シリーズの特徴は、世界観がファンタジーでないことにある。1〜2では、少し昔のアメリカを思わせる世界が舞台となった。「MOTHER3」では、タツマイリが近代化した時点で、従来のシリーズに近い世界観となり、プレイヤーを安心させた…しばらくの間だけ。
 第6章まるごとを使った印象的なデモを挟み、7章からこのゲームの展開は一転する。主人公は、仮面の男と競争で、ドラゴンの封印を解いて回ることになる。
 封印は「針」を抜くことで解けるのだが、そのビジュアルは聖剣の伝説そのもの。オカマで変なキャラクターではあるが、マジプシーは封印を守護する精霊たる存在。冒険するダンジョンは、雪山に海底に火の山といつになく平凡
 なぜ急に普通のRPGになってしまったのか? そんな疑問を持ちながらプレイし続けた人も多いのではないだろうか。この最長の章が、最終章へ向けての壮大な伏線に過ぎないというのだから、その大胆なシナリオ構成には全く恐れ入る。
 そしてこの章の終わり、ついに「奴」が動き出す…

続く

2006年7月16日 (日)

MUSASHIの作画が相変わらずひどすぎる件について

NOCG

 最近、手塚眞監督のブログがリニューアルされ、更新が再開されています。

映画をダメにしたのはCGだ

CGが目立つまでは人間が主役だった。
俳優が映画の中心だった。


 その発言が、いつになく過激です。手塚治虫の息子と言う先入観のせいで、若手・新世代というイメージがある眞監督ですが、8mmの自主制作を起点とした足跡は、むしろ最後のアナログ世代でもあった訳です。

スゴイCGは、もうすごくない。

パソコンが人間を堕落させた、
というと言い過ぎか。
少なくとも、仕事人を甘やかしている。

みんなどこか騙されている。


 お金をかけ、CGで飾りまくった映画ばかりがもてはやされる現状を嘆いてのことなんでしょうが、なぁに、見た目の衝撃なんて一過性のものですよ。
 昔の映画を今見てもちゃんと面白いじゃないですか。中身のないものは後世に残りません!

 映像制作のデジタル化のメリットは、やり直しがきき、安く作れるという点です。この利点で浮いた分を、内容のクオリティアップにつぎ込めれば、いいものが出来るはずだったのですが、実際には、安く早く上げることばかりが重視されるケースがかなりあるように見えますね。

 で、以降はバカネタCGでダメになったのはむしろテレビアニメの方ではないでしょうか。いや〜、今週もMUSASHIがひどかった。
 番組開始以来1クールを経過し、一回としてまともな絵で完成してないという恐ろしさ。放送事故スレスレの穴埋め総集編、悪すぎる出来を一目見ようとDVDがバカ売れと、話題に事欠かないのがMUSASHI-GUN道-。
Pocnqc_i  今週は何と言ってもこの信玄餅。なんだろうね、このまずそうな食い物は。アヤカシ(←この番組でのモンスター)の食い物だとしてもひどすぎます。第一これ、原画の色分け指定そのままじゃないんですか。出来てない絵がアップで出てくるなんて怖すぎます。
 
 あまりにも笑えて、こういう作品は後世に残らない、と言いきれないのが困りものです。

MUSASHI -GUN道- まとめサイト

2006年7月12日 (水)

「MOTHER3」が遺したモノ その1

 「MOTHER3」がようやく終わった。

 ネット上での感想を見ると、面白かった/面白くなかった、感動した/感動できなかった、など様々ある。しかし、このゲームに関しては、そんなことはどうでも良いという気分になってくる。
 ほんわかしたデザイン、すっとぼけたメッセージにごまかされてはいけない。このゲームには強烈ながある。RPGによるRPG批判とでも言おうか。

 「MOTHER3」はプレイヤーを省みさせ、ゆさぶり、ぞっとさせる異端のゲームだ。(以下ネタバレ含む)

 最初にそれを感じたのは、第4章に入り、タツマイリ村が近代化されたときだ。
 3章の終わりで、主人公たちはヨクバを追い払って勝利した。しかし、それは何にもならなかったのだ、ということをここでプレイヤーは見せつけられる。ブタマスクが闊歩し、村の住人はヨクバに従っている。何より痛々しいのは、老人ホームに収容されている祖父たちだ。これがリアルな3DCGなんかだったら、とても正視に耐えないだろう。
 村人をこのように心変わりさせたのは、ヨクバが普及させたしあわせの箱だった。
 しあわせの箱とは一体何だろう。ドット絵で見ると、どうもテレビのように見えるが、その正体は作中では明言されない。洗脳用の特殊な機械、という解釈ももちろん可能だ。
 現代のしあわせの箱とは、テレビよりもむしろPC、ネット、ゲーム、あたりを想像した方がしっくりくる。これらのメディアが無秩序に送り込んでくる「しあわせ」をぼうっと受け取り続け、周囲への無関心が加速し、荒んだタツマイリを上回る状況になったのが、まさに現代のこの社会だ。実にぞっとするゲームではないか。
 だとすれば、ねんど人の工場やクラブ・チチブーもまた、何かの戯画なのであろう。大きな力に都合良く使われるお人好しの村人たちこそ、我々の姿そのものなのだ!

続く

2006年7月 8日 (土)

アーサー空白の15年間を語る −極魔界村−

Cid8dnxp  あの魔界村が、この夏帰ってくる! 移植やリメイクではなく正式な続編新作、それがPSP版「極魔界村」だ。

 元祖「魔界村」の作者、藤原徳郎はカプコン開発部創設メンバーの一人。アクションゲームに絶対の自信を持ち、コンシューマ開発部長を長く勤めた。
 95年頃、独立してウーピーキャンプを設立。後、SCEと共同でディープスペースを設立し、数本のゲームを出すも倒産。その苦境の中、「極魔界村」のためにディレクター職へ復帰したという、曰く付きの一本だ。

 そう思ってみると、「アーサー空白の15年間を語る」と題されたこのお笑いビデオも、ただ笑っては見ていられない感じがするのだな。

プロモーション(?)ビデオ
 どう見てもやりすぎ。

2006年7月 7日 (金)

PSP版で登場 −カプコンクラシックスコレクション−

C9ut57jp
カプコン公式

 「アルティメット エコロジー」が収録されているので買いますよ、と声をかけてくれる学生や卒業生がいます。下っ端スタッフの一人として、ありがたい限りですが、正式タイトル、「アルティミット」だったハズなのにいつの間に変わったんでしょうか。社内にももう覚えてる人がいないって事でしょうね。shock

 実は、海外ではX-BOXやPS2でもすでに発売されており、日本でもいつ発売決定するかわからない状態ですので、もう少しお待ちになって、テレビの大画面でプレイするのもまた一興かと思う次第です。

2006年7月 3日 (月)

昨日はえらいことに

 一日で2396HITを記録しました。
 大人気ブログ忍之閻魔帳からリンクされたことによるものです。飛んできた皆様、初めまして。
 忍さんのところに、コメントかトラックバックがあれば挨拶に参じるのですが、それができませんので、この場にて御礼申し上げます。

最近のトラックバック

アクセスランキング