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2009年1月

2009年1月31日 (土)

20世紀少年 -もう一つの第1章-

 以下は、マンガどころか映画版第1章も見ていない状態での感想ですので、その点ご了承下さい。

 第2章の公開を前に、テレビで第1章をおさらいというデスノートパクり商法。しかも、大幅カットしたものに、わずかな未公開シーンを加えて「もう一つの」などという言い訳がましいサブタイトルを付ける。誠にみっともなく潔くない21世紀中年の商売である
 主人公のケンヂが幼い日に書いた預言の書の内容が、謎のカルト教団の手によって次々に実行される。さすが原作浦沢直樹、開幕からいきなり面白設定が炸裂だ。
 ケンヂはテロリストの容疑で追われて地下に潜り、そこへかつての仲間が集合する。ここがカットのせいかえらい唐突。仲間たちが普段の生活を捨てて集まるに足る動機が示されないため、話にちっとものれない。少年の頃の思い出を美化して現実逃避している、と思われても仕方のない展開だ。
 また、全体に会話に魅力がない。仲間どうしのうち解けた感じがあまりなく、キャストがバラバラに立っている感じだ。大幅カットのせいなのか、互いが相手を〈ともだち〉と疑っているからなのか、顔で選ばれたキャスティングがなじまないのか、子役がほとんどへたくそなのに大人が合わせたのか、理由はどうとも判断しがたい。

 最大の収穫は、太陽の塔が素晴らしい意匠だと再認識できたことだった。

商売臭さ 9
俳優無駄遣い度 9
続編期待度 6
個人的総合 6

2009年1月30日 (金)

blog珍品堂をチャーリーが占拠?

Blogbar

 私は、ブラウザはOperaを愛用しております。図のように、タブの部分にはサイト名が表示され、各サイト指定のアイコンが出ています。

Blogchin

 ところが数日前から、わがブログのアイコンが上のように変わってしまうという怪現象が起きています。
 これは、「島国大和のド畜生」で使われているアイコン「チャーリー」です。島国さんのサイトを見過ぎたために、ついにチャーリーがうちまで浸食してきたのでしょうか。それとも、私も企画屋としてチャーリー指定されるほどの大物になった、ということなのでしょうか(笑)
 キャッシュのいたずらか、とも思ったのですが、リロードしても直りませんし、何よりIEだとこの現象は起こってないんですよね。ううむ、不可思議。でも面白いから放っておこう。

2009年1月22日 (木)

〈のびのびBOY〉、はじまったな

 さあみんな、私が10月に書いた記事を覚えているかな。

 企画案〈のびのびBOY〉
「開発の進まないゲームプロジェクトを、中止にせず、のびのびに伸ばすことを競う。上司を欺いたり、ショーのたびにその場をごまかす素材を出すなどして、主人公は何年ゲームを作り続けることができるのか?」

 実にたちの悪い冗談だった。

 はずなんだけど、

 本当にやりやがった。
 (公式サイトの詫び方も最低なので、ぜひ今のうちに見てほしい)

〈のびのびBOY〉、はじまったな。

2009年1月18日 (日)

「歩いても歩いても」をお勧めされました

 一瞬、落語家が主役の映画?! と思いましたがそれは「しゃべれどもしゃべれども」でした。全然チガーウ。

 昨年公開された邦画「歩いても歩いても」が、このたびDVDで発売されます
 ということを、日頃巡回しているブログ、忍之閻魔帳で知ったのですが、これがまたどういうわけか名指しでお勧めされてしまいました

(前略)
10代の方にどこまで伝わるかは分からないが
20代後半以降で、親不孝を自覚したり、実家から足が遠のいている方、
作為的で調味料過多な物語に辟易している方は必見。
「blog珍品堂」のDr.K殿あたりがどう感じられるのか、ちょっと聞いてみたい。
(好みが近そうなので)

 バカ記事50%超のブログの書き手に対し、過分な評価をいただきました。ネットというのは欲望渦巻くゴッサムシティ。クソゲーに毒舌を吐き散らかすと話題になり、良い映画を誉めるとアクセスが減るという、当ブログの現状に一石を投じていただきありがとうございます。幸い、キャストも非常に好みですし、時間を見つけて観ようと思います。
 それにしても、日頃情報源として見ているところから、声をかけられると驚きます。特に、有名サイトだと、いつもは個人が書いているってことを意識せずに見ていたんだなぁ、と今さら気付かされますね。

2009年1月17日 (土)

L -change the WorLd-

 福田麻由子がかわいい、という一点のみ誉めるべき映画。
 あの怒気をはらんだ演技ができるのは、他には成海璃子くらいしかいないんじゃないか。すばらしい。

 映画「デスノート」がヒットしたので、Lを主役にもう一丁、というスピンオフ商法。
 過去に「踊る大捜査線」が同様のことをやっているのだが、それらは少なくとも元の世界観を大切にしていたと思う。
 だが、「L」の制作スタッフは元の「デスノート」が嫌いなんじゃないか、としか思えない。Lが活躍するには、魅力ある敵が必要。ライト亡き後、彼に匹敵する敵キャラを新しく作るのはたしかに大変だったろう。しかし、だからといって気の触れたテロ団体(しかも4人だけ)が相手とはいただけない。世界の浄化という目的。ウイルステロという手段。それらを決断するに至る経過が不明なので、ひたすら悪いだけのチープな敵が出来てしまっている。目的だけライトに似ているので、死んだライトを貶めるという追加効果まで発生。これはひどい。

 そして、デスノートを焼き捨てて、代わりに出てきたのが新種ウイルス。ファンタジーから、もっとリアリティのある危機へ、と舵を取りたかったものと予想するが、だったらもっとまじめに医学考証をしろ
 ウイルスの効果を、怖いものに見せようという意識が先走りすぎ。松ケン目当てで来てるだろう女性客を、スプラッターで引かせてどうすんの。特にひどいのが終わり際。どうひいき目に見ても、最後の飛行機の乗客はほとんど死ぬ。抗ウイルス薬ってのは、ウイルスを殺しはするだろうが、人体を一瞬で修復まではしないでしょ。あれだけ出血してたら内臓なども相当破損してるんで、死ななくても長期入院です。動けません。血を吹いて倒れたはずの悪党どもが、神妙にお縄を頂戴して、自分で歩いて飛行機を降りてきたときには目が点になった

 全体に、設定や脚本が粗雑だ。Lは、デスノートによって死期を決められているので、それまでは無敵。そこで、ウイルス荒れ狂う飛行機内へ単身飛び込んだり出来るわけだが、なんか間違ってないか。死なないってことと感染しないってことは別だろ。現に、敵の皆さんは死ぬ思いをしたけど生きてるわけで。感染したまま、その日を迎えて死ぬという可能性を、Lや制作者は考えなかったんだろうか。

 こんなんだったら、魔界の悪魔と対決するぐらいの非現実的な作品にしてもらった方が、マンガを元にしたキャラとしてはマシな活躍ができたかもしれんわ。
 実にやばい。福田麻由子が出てなかったら、全く見る価値のない映画になるところだ。

福田麻由子 10
松山ケンイチ 7
ナンチャン 1
個人的総合 4

2009年1月11日 (日)

マンガ描きの分業化について

 少年ジャンプで連載中の「バクマン。」の中で、最近のマンガの作られ方が明かされて、話題になっています。

たけくまメモ:『バクマン。』に関するコメント欄の流れ
島国大和のド畜生:マンガ製作のプロダクション化

 手塚信者のオールドタイプである私としては、漫画家たるもの、原作から作画までを一人でやってこそ本物、と言いたいところです。
 しかしながら、マンガの分業化は、今後も進むでしょうし、ビジネスとしてもそうあるべきなのでしょう。
 なぜなら、現在のマンガは、週刊連載のメジャーなものなどは特に、描き手にとってオーバークオリティを要求される仕事になってしまったからです。
 戦後間もない頃は、アニメもゲームもありませんでした。その頃のマンガというのは、文字だけの小説と違って絵で描いてあるぶん、豪華なメディアとして認識されていたのではないでしょうか。そのような認識の元では、マンガの絵は少々雑であっても、読み手の想像力を喚起するスイッチとしての役割を果たせばOK、ということになります。
 ところが現在は、アニメもゲームもある。そんな中、マンガというのは、動かないし色もないアニメ、くらいのしょぼいメディアになってしまっているのではないでしょうか。そのような中では、読み手はマンガに対しても、アニメやゲームが集団の力で実現しているような、整った品質を要求するようになります。
 マンガの側がそれに応えるために、個人の努力では限界があります。今以上の分業の細分化をし、集団の力で品質を上げていくしかない。今はマンガにもPCのツールが使えるので、分業の可能性が昔より高まっていることも+要因ですね。

 このように、マンガをチームで作っていく際、ネックになるのがお金のことではないでしょうか。
 マンガは、雑誌掲載時にページ単位で原稿料が出ます。とても安いらしいのですが、単行本の印税が出ると、ようやく潤うんだそうです。これは、漫画家が個人であることを前提としたやり方であり、チーム相手ではさすがに厳しいものがあります。
 アニメやゲームのように、収支の予測を立てた上で、期間を決め、チームに対して制作費を支払う形をとるというのはどうでしょうか。これだと、絵はうまいけど漫画家デビューするのはちょっと…という人も参加しやすく、すそ野が広がりそうな気がします。
 それでマンガが面白くなるのか、と言われれば多分なりません。しかし、このような作られ方の作品の方が安心して見ていられる、という読者はメジャー誌には結構多いのでは、と私は見ています。ついでに言うと、私みたいな(ゲームの)企画屋が、マンガ業界で食える可能性が出てくるってのも見逃せない(笑)

 もちろん、個性的な漫画家は、従来通りマイナー誌でコアな支持を受け続けるのでしょう。それらと、メディアミックスなどを前提としたメジャー志向な作品は、作られ方や収益方法も違っていいのではないでしょうか。

2009年1月 8日 (木)

中華風FF 「仙剣奇侠傳」その3

 その最大の特徴は、やはり日本の常識の外で作られたストーリーにある。主要キャラごとにかいつまんで紹介してみよう。

●李逍遙
 本作の主人公。ゲーム開始時点では、片田舎の村でおばさんの宿屋に預けられたしがない青年だが、両親は伝説的な盗賊だったらしい。
 そのおばさんが病に倒れ、薬を求めて李逍遙は最初の旅へ出る。仙女が住むという島へ渡り、水浴びしている女の子を目ざとく発見(笑)。これがヒロインの趙霊児。なんちゅー出会いだ。

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2009年1月 6日 (火)

中華風FF 「仙剣奇侠傳」その2

 日本国内では、「ドラゴンクエスト」によって、RPGというジャンルが一般に広まった。そのシステムが、「Wizardry」や「Ultima」といったアメリカ製ゲームを元にしているのは、皆さんもご存じの通りだ。
 今では、日本らしいゲームの代表とも言える「ドラクエ」。しかし、その舞台は全く日本ではなく、剣と魔法、すなわち西洋ファンタジーの世界観を借りるしかなかったのである。

 だが「仙剣奇侠傳」は違った。システムこそFFを流用したと思われるが、その世界観は中国伝統の「武侠」物語があてはめられたのだ。これにより、モンスターは妖怪となり、魔法は仙術となった。単なる言い換え、と思うかも知れない。しかし、文化圏の違いというのは意外なところでインパクトをもたらす。

Senken02_2  例えば、図の〈お鈴〉。(キャラ説明にいちいち漢詩が付くのもつっこみ所) よくある魔法使い系のキャラなのだが、この巫術ってのがヤバい。蠱毒という虫を使った妖術であり、そのため、アイテム欄がイモムシやゲジゲジやクモでいっぱいになってしまう。
 特にひどいのが〈操り虫〉の術で、これは死者を操る術なのだが、戦闘中に死んだパーティーのメンバーをゾンビとして使役できる。日本人の道徳観では到底ありえない設定であり、西洋だったとしても黒魔術で悪人専用なのは間違いない(笑)
 かわいい顔してるが、お近づきになりたくないこわーい女の子なのである。

2009年1月 5日 (月)

中華風FF 「仙剣奇侠傳」その1

 正月気分に合うゲーム、ということで中国が舞台のゲームをとりあげる。
 候補としては、「シェンムー」も良いけど、これはすでに記事にしている。「真・恋姫無双」は情緒がないので(笑)パス。

 そんなわけで今回は、「仙剣奇侠傳」。もともとは台湾製のPCゲームで、ジャンルはRPG。セガサターンも末期の99年3月、いきなり日本語版が発売された。おそらく、サターンでは最後のRPGである。
 キャラクターデザインは、日本でも画集が大ヒットの平凡・陳淑芬が描いており、無敵のアジアンビューティーがパッケージや説明書を彩る。ゲーム内ではこの絵がかなり劣化してしまうのが残念。
Senken01

 ゲーム内容は、スーパーファミコンの頃のFFを思い出してもらえればほぼ間違いない。しかし、国産の凡庸なRPGと違って変に面白いのだ。日本のRPGを真似ようとしたものの、台湾の文化が影響して、似ても似つかないものができてしまっているという、天然の奇ゲーぶりがなんとも味わい深い。
 具体的には、また次回。

2009年1月 1日 (木)

2009年

謹賀新年

 当ブログを今年もよろしくお願いいたします。
 さて、今朝は年賀状が、ハガキにPCメールに携帯メールと、色々な手段で届いております。おや? これは…

2009428

 セガから「428」イシイジロウ監督直筆サイン入り年賀状、来てた~! 抽選だったのによくぞ当たった。これは新春から縁起いいです。

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