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2011年5月 1日 (日)

俺の妹がこんなに可愛いわけがない 「NieR Replicant」その5

Nierkey
 Dエンドに到達。その時の心境を以下に表す。

 動揺 悪寒 激闘 憐憫 絶望 達成 追憶 決断 驚愕 空白 懺悔 喪失

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして惜別。
(以下ネタバレを含みます)

【複数のエンディング】
 Aエンドはヨナの救出、Bエンドは魔王のエピローグ、CDエンドはカイネに決着を付けており、すべてを見ることで納得感が高くなる。私は、同じゲームを二周以上することはまずないが、「ニーア」は二週目以降うまく省力化がはかられており、適度な負担で周回プレイを楽しむことが出来た。このバランスの良さは貴重である。

【ステータス抹消】
 実は、Dエンドを見るにあたって、セーブデータが消されることは、事前に知っていた。自分の存在とひきかえにカイネを助ける、物語の設定をシステムで表したユニークな方法だ。
 しかし、実際それをやってみると、ずいぶん印象は違っていた。メニュー画面の中身が次々に消されていく、というビジュアルになっていたのだ。メニュー画面はあくまでプレイヤーのためのもので、ゲームの世界観の中にはない。ずいぶんメタな表現をするものだ、と驚いた。

【図書館の小部屋】
 思えば、図書館の小部屋もそうだった。そこには、ボスの像が納められている。はじめは、単にゲームの進行具合を伝えるだけの演出と思ったが、ポポルの正体が発覚するとにわかに意味合いが違ってくる。
 鍵を集めるだけで魔王への道が開ける安直さは、本来ならゲーム制作上の方便である。しかし、それもまたストーリー上で理由が説明されてしまうことになる。

【レプリカントたち】
 ゲームのキャラクターや背景は、無制限にリアルに作ることは出来ない。超ビッグタイトル以外は、ほどほどの所で手を打つより他にない。「ニーア」の町や人は、それなりに健闘しているものの、いくらかの嘘くささが残る。
 しかし、彼らはレプリカントであるから、その嘘くささは不出来ではなく演出に昇華することになる。なんということだ。

【最後に残るもの】
 セーブデータは、ゲームをプレイして残す記録である。しかし、ゲーム終了後に再び使われるデータがどのくらいあるだろう。私が持っているほとんどは、記念にとっておいたまま、二度と使われないセーブデータである。
 「ニーア」は、セーブデータを抹消することで、記憶に残るゲームになった。プレイヤーにとって、記憶こそがゲシュタルトであり、セーブデータはレプリカントに過ぎない

 私たちは、プレイしたゲームをやがて忘れる。
 しかし、Dエンドでは、カイネやヨナの方が、主人公、つまり私たちを忘れてしまう。レプリカントは、私たちとは違うゲームの世界で生き続ける。現実を受け付けないその世界は…きっと美しい。

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コメント

全クリありがとうございました~
長くプレイしてもらえて、登場人物達も喜んでいると思います!

こちらこそ、印象深いゲームをありがとうございました。
全クリ後のタイトルに現れる一輪の花が、また泣かせます。

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