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2011年8月

2011年8月31日 (水)

NHKスペシャル「日本人イヌイット」が素晴らしい

番組サイト「日本人イヌイット 北極圏に生きる」
※見逃した人は、本日深夜から再放送あり。

 何気なくチャンネルを合わせたのだが、素晴らしい番組だった。
 いつもなら、イヌイットなどと言われても、縁遠い人々としか思えない。ところが、その中に、日本から移り住んだ人がいるということで、にわかに親近感がわいてくる。
 現在では、イヌイットの人々も、現金収入を求めて街へ出稼ぎに出ており、集落は過疎化の一途をたどっている。ところが、そんな中でこの日本人イヌイットの一家は、昔ながらの狩猟生活を守っているのだという。
 番組は、8歳になる子供が、狩りに同道して徐々に学んでいく様を淡々とうつす。心に残るのは、素朴だが正しい家族の姿。父親は息子に狩りを教えるが、それはそのまま、イヌイットとして生きるための方法を教えていることになる。一方で、複雑になりすぎた日本の社会において、生き方を子供に教えることができる父など、どれほどいるだろうか。
 狩って食うというのは、シンプルだが厳しい暮らしだ。しかし、肉を運ぶ知恵、子連れの動物は狩らないという掟など、イヌイットの教えを守った生き方は、眩しいほどに美しい。拝金主義にまみれた我々は、恥ずかしくてあわせる顔がない。
 子供の成長が気になるので、ぜひ継続的な取材をお願いしたい番組である。

2011年8月30日 (火)

たとえば、ただヱヴァの完結を待つだけの人生

 先日、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版・破」の地上波放送を観た。予想通り、新作の予告が付いてきた。続編は2012年秋公開、とのことである。

 これはつらい。

 わずか数秒のアスカの新規カットで、来年の秋まで戦えと言うのか。
 新劇場版・序の公開からすでに4年、テレビ版の終了からは15年。ファンにとっては、最後までついていくだけでも大仕事になってきた。
 恐ろしいことに、テレビ版第一話の時代設定(2015)がもうすぐそこまで来ている。

2011年8月24日 (水)

3Dome no Syojiki「ゼルダの伝説 時のオカリナ」その1

 ニンテンドー3DS本体を、値下げのその日に購入。ソフトはあらかじめ「ゼルダの伝説」を買ってあり、特典のサントラも応募済みという、隙のない布陣(笑)

Zt3d01

 名作と誉れの高い「時のオカリナ」だが、実はクリアしたことがない。
 最初に出た時は、NINTENDO64を持っていなかったため見送り。
 次の機会は、ゲームキューブで「風のタクト」を買ったとき。予約特典として「時のオカリナGC」が付いてきた。これ幸いとプレイしたが、途中で次に何をするのかわからなくなってあきらめた。
 つまり、この「時のオカリナ3D」は、三度めぐってきたチャンスとなる。

 プレイしてみて驚いたのは、9年前のプレイを意外に覚えているということ。やる前は全然思い出せなかったのに、いざその場面に立つと、どこからともなく記憶が蘇ってきて面白い。また、下画面が効果的に使われ、かなりプレイしやすくなっていると感じた。
 近年のゲームと異なり、フラグが明示的でないために、かなり迷ったり考えたりしなければならない作りだが、ヒント機能も追加されているので今度はあきらめずに進めることができそうだ。今度こそクリアを目指したい。

2011年8月23日 (火)

「龍が如く OF THE END」その6 打ち上げ日記

 やっと終わった~! というわけで、以下、神室町某所で行われたゾンビたちの打ち上げ会場に潜入。

コンビニ店員ゾンビ「ちぃ~っす」
サラリーマンゾンビ「お疲れ~」
警官ゾンビ「ようやく、重火器の的になる仕事から解放されっぞ~」
ヤクザゾンビ「じゃ、林の兄貴、乾杯の音頭お願いしまっす」
林「甘美な死を!」
全員「甘美な死をww」 

(注: 以下、ネタバレあり) 

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2011年8月17日 (水)

平林久和がゲハブログに宣戦布告

平林久和「ゲームの未来を語る」第21回:
 言論の自由はどこまで言論の自由を許すか?

今回、私が取り上げますサイトとは、次のふたつです。

「オレ的ゲーム速報@刃」
「はちま起稿」

私はこの両サイトが、ゲームにかかわるメディアにおいて、正面から論じられることがないことを憂いています。
(中略)
まず、両管理人におうかがいしたい。
毎日が幸せですか、と。

 口調は穏やかだが、斬り込み方は強烈。普段は客観的な分析を旨とするアナリストが、「幸せですか」などと情に訴えるとは、よほど腹に据えかねたのだろう。私も、「1日12時間、ネットに張り付いてゴシップをまとめ、ゲーム業界を腐すお仕事」なんてのが幸せなのかどうか、聞いてみたいところ。
 しかしこれ、やらしい問いかけだよな。「いいえ」なら、平林さんに屈することになるし、「はい」なら、本人がクズであることを広言することになるもんな(笑)

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2011年8月15日 (月)

「龍が如く OF THE END」その5 たこ焼き職人日記

 まったく、セガは困ったゲーム会社だな! いらんところリアルにこだわりすぎや。

 「2」で桐生と死闘を演じてから行方知れずだった郷田龍司。なんと、極道を辞めて、たこ焼き屋をやっていたことが明らかになる。
 「なんじゃそりゃ」と思ったあなたは、関西以外の人だろう。関西住まいの私にとっては、この設定は超リアル。ヤクザと言えば祭りのしきり。関西の極道者にとって、たこ焼きやお好み焼きは基本のスキルなのだ。

 関西のたこ焼き屋まとめ。
①普通のたこ焼き屋
 名店やチェーン店。安心の品質だが、関西人にとってはお高くとまりすぎて親しめないたこ焼き。
②おばちゃんのたこ焼き屋
 自宅の一階を改造して、その家のおばちゃんが勝手に開いている店。素人の商売だが、地元の学生に支持されている。
③その筋のたこ焼き屋
 店舗はなく、屋台や車で商売していることが多い。私の家の近所にも、かつて松重豊みたいなたこ焼き屋が来ていたが、これがもう抜群にうまい。
以上のまとめには何の根拠もないのであてにしないでほしい(笑)

 さて、その郷田龍司だが、ガトリングアームでゾンビを豪快に吹き飛ばすばかりでなく、たこ焼きの腕を披露する場面が用意されていた。Ryuote05
その手つきは大変に鮮やか。世界一のモーションと言っていい。やっぱりセガ、いらんところリアルにこだわりすぎや!

2011年8月14日 (日)

「龍が如く OF THE END」その4 真島日記

 真島吾郎。今や、「龍が如く」の真の主役と言っていいだろう。極道をやめて沖縄に引っ込んでいる桐生一馬と違い、神室町を仕切っているのは真島の兄さんなのだ。このシリーズは、脇で有名俳優を起用しても容赦なく皆殺し、という印象があるのだが、真島だけは別格。「4」ではその過去が明かされ、キャラ人気も上昇中(?)だ。

 「龍が如く OF THE END」では、ついにプレイヤーキャラに昇格。このゲームがイマイチという人は、ぜひ真島編までがまんしてほしい。ここから急に面白くなっている。
 標準装備がショットガンに変わり、バトルが突如、無双状態に。本編もサブストーリーもはじけていてテンションが高い。

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 いつものキャバクラも、真島だと別ゲームと化す。ご機嫌をうかがうため、キャバ嬢の性格に合った選択肢を選ぶ、というのがこれまでのゲーム。ところが、真島の場合、キャバ嬢よりも真島自身の性格を考えて選ばないといけない感じがあり、真島のキャラクター性を学ぶ場になってしまっている(笑)。

 真島ファンとしてはおおむね満足だが、カラオケの難易度が異様に高く、せっかくの奇天烈ムービーが見られない点だけが唯一の不満である。

2011年8月10日 (水)

ATOM

 これは何とも微妙。可もなく不可もなく、とはまさにこのことで、感想を書くのが難しい。
 「ATOM」は、2009年に公開されたハリウッド版の「鉄腕アトム」。とはいえ、アメリカ製ではなく、香港のCG会社イマジ社が作っている、という時点ですでにして雲行きが怪しい。CGの品質や動きはそれなりに見られるが、どこをとっても新しさはなく、「トイ・ストーリー」の二番煎じという雰囲気。ビルに描かれたヒョウタンツギ、2003年版アニメではオミットされた尻マシンガンが復活など、手塚ファンを意識した小ネタもあるが、それすらもピクサー社が映画の中でやる遊びの二番煎じに見える。

 アトムをはじめ、キャラ作りはなかなかいい線を突いている。特に、ヒゲオヤジの造形の素晴らしさは称賛に値するが、いかんせん出番が少ない。
 一方で、ハリウッド版シナリオを構築するにあたり、新たに作られたオリジナルキャラクターがことごとくはずしているのが痛い。ヒロインはアメリカの高校でバンドでもやってそうな凡庸なキャラだし、その仲間たちもとことん薄いし、ロボット革命軍の3体は見た目も中身もしょうもない。大統領もどっかで見たような悪役ぶり。
 何より許し難いのがお茶の水博士。原作では、天馬博士に代わって育ての父となり、アトムの人格形成に大きく貢献したはずの人物。ところがこの映画では、およそその役を果たさない。

 時間が短いせいか、テンポだけはやたら良いので、子供にはそれなりに受けると思うが、「鉄腕アトム」である必要性は乏しいと言わざるを得ない。
 人気が出たら続編を、と考えていたふしがあるが、売れなくてイマジ社は経営縮小を余儀なくされたのだとか。なんとも夢のない科学の子になってしまった。

映像美  7
ストーリー 4
上戸彩  7
個人的総合 5

2011年8月 7日 (日)

トゥルーマン・ショー

 公開された当時から名作の呼び声高く、残虐シーンもベッドシーンも一切ありません。それなのに、地上波でまともに放送されないというのは…やはり内容のせいなのでしょうね。

 テレビのバラエティ番組が、ドキュメンタリー形式をうたいながら、実はその演出が仕込みやヤラセだった、ということで視聴者からの批判が相次いだのは、ここ数年のこと。仕込み自体はおそらく昔からあったのでしょうが、視聴者の側がネットとPCで検証の手段を手にしてしまったために、隠された番組制作の裏側が暴露されてしまったわけです。
 「トゥルーマン・ショー」は、そうした番組制作のあり方を告発する作品、とも受け取れるのですが、98年の時点でそれをやっている先進性があらためてすごい。トゥルーマンの人生は、生まれた瞬間からすべて仕込みだったわけで、そこから逃れるための困難が描かれています。(困難の一つに原発事故のネタがあるので、今後もしばらくは放送できなさそうですね。)

 主人公の会心の笑顔によって、さわやかに終わる本作ですが、よく考えてみるとなかなか怖い。トゥルーマンは、敷かれたレールに沿って生きていれば何の不自由もないわけで、これは最近のひきこもりの人に言わせれば完全に〈勝ち組〉の人生ではないのか、と。また、トゥルーマンを応援した一見善良な視聴者たちが、「さて、他の番組を見ようか」と、あっさり気持ちを切り替える描写が秀逸。ハッピーエンドのどさくさに紛れて、テレビと視聴者との共犯関係をあぶりだしています。
 テレビを見ることそのものに疑問を抱かせるこの映画、そりゃ地上波放送なんかしたくないってもんです。

SF設定  9
キャスト  8
完成度  10
個人的総合 8

2011年8月 4日 (木)

「inFAMOUS2」その4 友情の男

 「インファマス2」で、善のエンディングを迎えた。その感想。

Infamous24

ジーク最高や! ヒロインなんていらんかったんや!

 「スーパーマン」や「スパイダーマン」には、ヒロインがいる。世界を救うほどのヒーローでも、最後に大切なのは一人の女性。あのインディー・ジョーンズでさえ最後には結婚式を挙げたではないか。
 ところが、このゲームは違った。男の熱い友情でしめたのである。相棒となるジークは、機械に強いものの一般人。サングラス、リーゼント、メタボと見た目も全くさえない。まさかこのオッサンが、シリーズ2作をかけてここまでの地位に上ろうとは、驚きだ。
 しかし、よく思い出してみると、バディものというのもまた、映画では定番だった。「ラッシュアワー」とか「48時間」とか、このゲームはその系統のストーリーだったのだな。

 エンディングも近くなった一時、コールとジークが互いに言葉も交わさず、ビール(?)を飲み続けるという場面があり、これがわざわざカットシーンで描写される。男同士とはそういうものであり、互いに愛の言葉を並べあうなんてのはBLの世界の妄想である。なんにせよ、作り手の思い入れが感じられるいいデモだ。
 後味の良さも相当なもので、エンディングを見てこのゲームの個人的評価は一段階跳ね上がった。悪のエンディングも奇想天外で良いらしいので、時間があったらまた挑戦してみたい。

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