« 「LEFT BEHIND -残されたもの-」 その2 | メイン | ドラマ「明日、ママがいない」のボンビちゃん、大物だった »

2014年2月19日 (水)

ゲームは暇つぶしという客層

 チェーン店の牛丼を食べていたらひらめいた。これって、無料ゲームと同じじゃないか?
 その日なぜ牛丼を選んだのか、時間がないので早く出るものが良い、しかも安い、という判断。だが毎日通ったりはしない。高くても美味しいものを、という時ももちろんある。会食ともなれば、店の雰囲気やサービスにもこだわる。
 〈食べる〉ということ一つをとっても、一人の客の中に、時と場合に応じた様々なニーズがある。貧しいと選択肢は減ってしまうが…。

 ゲームもまた同じようなことが言えるのではないか。
 ゲームの中に、短い時間を無料で暇つぶししたい、というニーズに応えるものがあり、一方で、お金をかけてでも豪華に楽しみたい、というニーズに応えるものがあるのだ。

Himatubusi有名になったこの中坊の発言は正しかった。ゲームがバカにされた、などと感じて腹を立てる必要は全くなかったのだ。なぜなら、彼が語るのはそういう種類の限られたゲームのことだからだ。

 牛丼チェーンにハイレベルな接客を要求する客はいない。同様に、高級レストランに高いと文句を言う客もいない。常識がある人は、これらをひとくくりにはしないからである。
 実はゲームも同じであって、スマホ片手に無料ゲーム、というのと、大画面でPS4、というのでは、牛丼チェーンと高級レストランのように別種のものなのだ。ところが、ゲームは文化として未成熟なので、客の一部がこれらをひとくくりに認識してしまうからおかしくなる。無料のゲームに過剰な要求を突き付けたり、家庭用の大作に高すぎると文句を言ったりするのだ。
 昔はそのような区別などなかったが、ゲームが広がった結果、分化が起こり、作り手もユーザーもその扱いに困っているのかもしれない。

 ゲームを作りたければ、様々な分野で一流のサービスを体験するべし。これは、某社のプロデューサーの言葉だ。ゲームはユーザーへのサービスの塊であって、あらゆるサービスはそれを作るヒントになる、という意味だろう。また、良いサービスには相応の対価が必要、ということも身をもって知っておく必要がある。
 もともと、趣味の世界は平等ではない。古くからある趣味ほど、お金をかけたかどうかで大きく差がつくようになっているものだ。ゲームもまた、そういう領域に足を踏み入れたのかもしれない。
 私は新しいゲーム機を買う。選ばれたゲーマーでありたい、などという傲慢な理由ではなく、ゲームはそれだけ払う値打ちがある、と信じているからだ。安いものばかりを求め、結局満足に楽しめないというゲーム音痴とは、はっきり袂を分かっていたいものだ。できることなら永遠に。

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.eonet.jp/t/trackback/358337/32107341

ゲームは暇つぶしという客層を参照しているブログ:

コメント

ただ難しいのは、ゲームは(映画や小説などと同じで)金や時間がかかってるから面白いとは限らないということでしょうね。

最近だと、3DSで提供されている、500円の『ソリティ馬』や基本無料の『スティールダイバーSW』の異常なクオリティの高さを体験してしまうと、ますますそう感じてしまいます。

ゲームという趣味にはお金だけではなく、無料から高級まで幅広く遊んで、どこに眠っているか分からない面白いゲームを探し出す時間が必要というのが、なかなかに難度が高いです。

コメントを投稿

最近のトラックバック

アクセスランキング