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2016年3月

2016年3月29日 (火)

オデッセイ

 マット・デイモンが宇宙に置き去りにされ、それでも希望を失わないのが「オデッセイ」。暗黒面に堕ちるのが「インターステラー」。などという冗談はさておき。

 火星を舞台にした難易度最大級のサバイバル、そして救出劇となっているこの映画。もしも日本で作られたなら、全編登場人物の眉間にしわが寄っているような、深刻さあふれるストーリーになるであろうことは想像に難くない。ところが、本作のトーンの明るいこと。違う角度で、アメリカ人の最強ぶりを見せられた感じだ。
 さて、宇宙を舞台にしたSFというと、未知の世界ゆえに神秘的な方向に話が行きがちである。例えば、「インターステラー」では舞台が四次元世界に到達してしまった。また、「ゼロ・グラビティ」は、現実味を重視した作品であったが、それでも霊的、宗教的な描写が一部にあった。
 一方、「オデッセイ」はというと、火星探索が行われている近未来、という設定ではあるが、その技術は現在から想像しうる程度のもの。サバイバルも救出も、現実味のある工夫のもとで行われる。謎の宇宙生物など出てこないし、神秘も奇跡も一切起こらない。他の作品が、宇宙に比べて人間などちっぽけで非力なもの、という方向にまとめがちなのに対し、宇宙にもへこたれない人間の強さをアピールするこの映画は、SFとしては独特のポジションにあると思う。
 せっかく楽しい中身なのに、邦題が重厚過ぎて損をしているのが惜しい。

不屈度 10
性善説度 10
DASH村度 8
個人的総合 7

2016年3月27日 (日)

「Miitomo」が拡がらないんですが

Miitomo03↑自動生成の画像にしてこの扱い(笑)

 ようやくフレンドも増え、SNSらしいやりとりができるようになってきました。フレンドがいないと、単なる自己分析アプリになってしまいますよね、これ。

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2016年3月24日 (木)

快著再び! 「素晴らしきインチキ・ガチャガチャの世界 コスモスよ永遠に」

 私たちが子供のころ欲しくなかったものを集めて解説したあの本に、実は続編があるということを知り、慌てて購入。

Cosmos2

 前著とほぼ同じ体裁ながら、コレクションはパワーアップ。解説の毒舌ぶりもヒートアップしている。パンフレットや会社案内など、さらなる資料が公開され、うさん臭さも2倍増しだ。
 見れば見るほど、残念な景品の記憶が思い出され、その感慨は失恋の記憶にも等しく、読者の心を甘く苛むのである。

 昭和のおもちゃ業界はなんとインチキなことか、と若い人は憤慨するのかもしれないが、実はゲーム業界も似たようなもの。その初期には、粗悪なソフトを作りまくった挙句、あっという間に姿を消した泡沫企業がいくつもあった。誰か、この本のようなスタンスで、そんなゲーム企業について書いてくれる人はいないだろうか。誰もいないようなら、退職後の手すさびにでも私が書こうか(笑)

 巻末に驚きの情報が控えていた。コスモスのガチャガチャ機は、今でも稼働しているものがあるのだそうだ。過去のものかと思ったら、今に続いていた。中身は昔のようにインチキではないのだろうが、素晴らしいことである。

2016年3月22日 (火)

花沢健吾「アイアムアヒーロー」19巻

Iama19 巻頭にはZQNが何者なのかをうかがわせる挿話があり、巻末では比呂美が大変なことに。長きにわたった物語も、そろそろ終盤の趣である。

 これを読んでいたおかげで、NHK教育の「漫勉」が非常に面白かった。「漫勉」は、マンガ家の現場に密着し、その作法を解説する番組で、浦沢直樹がプロならではの着眼でポイントを引き出していくのが見どころ。前回は花沢健吾がとりあげられ、ちょうど巻末の回を描いているところだった。締め切りぎりぎりまでねばり、絵にこだわって苦闘している様子に感心した。
 その中で驚いたことがあった。「アイアムアヒーロー」に限らず、今のマンガで、背景を描くときに写真をもとにするのはよくあることだが、なんと、キャラクターを写真から起こしていたのである。主人公、英雄は、花沢自身の顔写真から描かれていた。どうりで似てるわけだ。しかも、見て描くなんて方法ではなく、顔写真を原稿に貼って下書きをしていたのには仰天した。絵がうまいマンガ家なんてのは五万といる。その中で並んでいくには、手段を選んではいられないのだ、というニュアンスの説明をしていた。

 花沢は30を越えてからデビューした遅咲きのマンガ家だが、本作はついに映画化に至った。「ルサンチマン」からのファンの私としては、苦闘が報われたことを喜びたい。

2016年3月21日 (月)

「Miitomo」が怖すぎるんですが

Miitomo02 どうにかMiitomoを開始できました。あちこち操作しているうちに、何をするアプリかだんだんわかってきたのですが、いや~、これはまずいですわ。やっちゃいけないものに手を出した気分。

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2016年3月19日 (土)

「Miitomo」が遊べないんですが

 任天堂は、昨年、DeNAとの提携を発表して話題になりました。それからちょうど一年、初のスマホアプリとなる「Miitomo」が、ついにサービス開始されました。すでに楽しんでいる方もいるかと思うのですが、私はまだなのです。というか、遊べないんですが

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2016年3月13日 (日)

世界イカ革命「Splatoon」 その17

Spla17 新指標〈フェスパワー〉の導入で、マッチングの力量差が改善されたらしい今回のフェス。個人的には、接戦を楽しむどころではないひどい状況で終わった。

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2016年3月 9日 (水)

PS Vita TV は死なず

 PS Vita TVが、出荷完了となった。今後は、在庫がなくなり次第販売終了ということになる。
 Vitaのゲームをテレビにうつせる、という触れ込みで発売したゲーム機だったが、タッチパッドがない関係上、数は少ないながらも非対応のゲームが目立った。また、最近はPS4とVitaの両方で発売されるゲームが増え、Vitaをテレビにうつすことのメリットが乏しくなっていた。
 そんなわけで、あまり売れていなかったこのハードが見捨てられるのはいたしかたないのだが、私個人としては、これからも愛用していくつもりだ。
 まず、最小の据え置き機で、持ち運びに便利。仕事柄、ゲームを教室で紹介する機会があるのだが、そんなときにはこのゲーム機が一番。普通のVitaじゃ、モニターにうつせないのだから。
 次に、耐久性。モニターやコントローラーが別で、そのうえ本体内にディスクドライブなどの駆動部がないため、おそらく最も故障とは縁遠いマシンだ。「俺屍2」は、20年愛され続けるゲームをめざして開発されたそうだが、Vita TVなら冗談抜きに20年後も動作することだろう。
 私にとっては唯一のVita対応ハードなので、今回の販売終了をきっかけに、非対応ゲームが増えていくようだと困る。むしろ新型のVitaをテレビにつなげることができる仕様で出してほしい。

2016年3月 7日 (月)

「龍が如く 極」その2 邪推の極み

 いつもながら、数々のミニゲームが待ち受けている「龍が如く」。
 「極」では衝撃の新作が登場。その名も「メスキング」だ。

Ryuk020

 キッズ向けアーケードゲームの市場を切り開いた名作「ムシキング」を、こんな形でパロって文句を言われないだろうか、と一瞬心配するが、同じセガのゲームなので大丈夫なのだった。

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2016年3月 6日 (日)

「龍が如く 極」その1 余分の極み

 「龍が如く 極」は、シリーズ一作目のリメイク作品。同時に、昨年発売の「龍が如く0」の続編という性質も持ち合わせているのが特徴だ。

 「0」がなかなか良かったので、期待していたのだが、序盤をプレイした段階で言うと、期待したほどの面白さではない、というのが正直なところだ。
 ストーリーは基本「1」の通りに進むのだが、「0」で錦山のキャラが掘り下げられたため、合間合間に錦山のエピソードが入り、なぜ桐生と道を違えてしまったのかが描かれる。その方向性は良かったが、問題は方法。錦山パートをプレイできるわけではなく、ムービーが追加されているのだ。
 「龍が如く」はもともとがムービー多めのゲームであったのに、そこに錦山ムービーが上乗せで入るため、ストーリー展開にもたつきが顕著。しかもなかなかプレイに入れず、とにかくテンポが悪いのだ。
 さらに、新システム「どこでも真島」によって、しばしば流れが途切れるためテンポが悪く、お使い感の強いエピソードがいくつもあってますますテンポが悪い。ご存知の通り、このゲームは膨大なサブストーリーやミニゲームをつまみ食いしつつだらだらと遊ぶことが可能で、緊迫感のあるストーリーとはかけ離れたプレイになることがままある。だがそれは、あくまでプレイヤーの選択によって生じたテンポの悪さであり、今回のように新システムやメインストーリーによって強制的にテンポを悪くしてもらってはダメなのだ。
 「ゲーム創りはテンポが9割」という名著が最近出たが、「極」のスタッフにはぜひ読んでもらいたいところだ。

Ryuk01

 残念だが、今作の錦山に対してはその通りである、と言わざるをえない。せめてもうちょっとムービーの内容が陰惨でなければよかったんだけど。

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