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2016年8月27日 (土)

「THE WALKING DEAD」で全俺が死亡 その2

 ゲームをクリアした。俺の心がもれなく死んだ。Season2が出ているが、この絶望をもっと味わいたいというマゾがそんなにいるとは信じられん。

Wdseason102

 このゲームは、プレイヤーにシビアな選択を迫る。
 例えば、二人の仲間がそれぞれゾンビに襲われている。どちらを助けに行くか、選ばねばならない。助けられなかった側は当然死ぬ。
 国産のアドベンチャーゲームでは、このような場合、両方が助かるような道が用意されているものがある。あるいは、どちらを助けるのが正解だったか、後からわかるものもある。いずれの場合にせよ、作り手の想定した〈正解ルート〉があり、プレイヤーはクイズの正解を当てるような態度となる。
 「Walking Dead」はそれを許さない。プレイヤーの選択は悲劇を起こし、だがゲームオーバーという形でチャラにはならず、プレイヤーは責任を負い続ける。過去の選択が正しかったのか、自らに問い続けることで、主人公とプレイヤーが一体化していくという、他にあまり例を見ない形での感情移入のメカニズムが形成されている。
 シビアな選択を何度か経ると、プレイヤーの態度はさらに変化する。その後のゲームを考えて、どちらが得か考えるようになってくるのである。登場人物に対して、こいつは子供だから役に立ちそうにないなとか、銃が得意な仲間は今後の戦いのために大事にしたいとか、ストーリー展開度外視の打算を働かせ始める。これは作中の生存者コロニー「クロフォード」と同じ考え方であり、お前も所詮はこいつらと同じだぞ、という事実をゲーム側から突き付けられているわけである。
 原作ものでありながら、アメコミやドラマでは決してできない体験を提供するとは、ベストゲームも納得じゃないか。

Wdseason102_2 重苦し過ぎるので、最後にアホ画像を。ウォーキングデッドカート? 海外サイトで見つけたんだけど、インターフェースとかやたらよくできてる。

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