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2016年9月 4日 (日)

シン・ゴジラ

 遅ればせながら観て参りました。評判通りの傑作です。
 どこが素晴らしいのかは、すでに書き尽くされているので、ここでは、ゴジラの比喩に絞って述べたいと思います。

 1954年の「ゴジラ」は、ビキニ環礁の水爆実験を背景にして出現しました。原爆の被害から10年経っていない中、さらなる核兵器の実験が行われていることに対しての不安や恐怖が、怪獣という形で表現されたわけです。「ゴジラ」は名作と言われますが、残念なことに、私たちはその頃の時代背景をリアルに感じることはできません。
 「シン・ゴジラ」は、この初代ゴジラを蘇らせます。強く恐ろしい、未知の存在として描かれており、怪獣バトルで楽しませてくれるゴジラたちとは全く異質です。そして、現代の私たちにとってリアルに感じることができる不安や恐怖のイメージとして、東日本大震災を選んでいます。

注意:以下に、ネタバレを含む

 まずゴジラの上陸シーン。想像もしなかった姿に驚きますが、実はそこまでの表現にすでに違和感がありました。

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 そもそもゴジラの上陸といえば、二本足ですっくと立ったゴジラが、のしのし歩くものだという先入観があります。ところが、「シン・ゴジラ」では、ゴジラは姿を見せずに川を遡上。その際、漁港の船をかき分け押し上げていきます。上陸してからは地面を這いずるのですが、道路の車をかきわけて進みます。これらの動きは大震災での津波そのもので、動きもアングルもその時のニュース映像に似せてあります。

 ゴジラが去った後、主人公たちが現場を視察するシーンがあるのですが、これがまた津波の跡にそっくりで、見たことがある景色だからこそリアルに脅威を感じる、という効果があるわけです。

 さて、ゴジラが通った所は放射能を帯び、ゴジラが核融合のエネルギーで活動していることがわかるのですが、このときの地図は、福島原発の報道で見た地図とそっくり。ゴジラは海へ帰っていますので、汚染水を垂れ流している福島原発と汚染地域の形まで似ているようです。

Fukusima4gouki ゴジラを倒す作戦は、そこまでのリアルさに比べると妙なものでした。ゴジラの口に冷却剤を入れるのですが、都合よくゴジラが倒れ、口を開け、そしてポンプ車がそこへたどり着かなければなりません。おとなしく冷却剤を飲まされているゴジラは、恐ろしさを失い、滑稽にも見えました。しかし、ゴジラの倒し方はこれでなければいけなかった。上は、福島原発で使用済み核燃料を冷やすために稼働しているポンプ車の写真ですが、意図的に似せていることは明らかです。

 これまでのゴジラは、死んでしまったり、あるいは海へ去ったりしましたが、「シン・ゴジラ」のゴジラは凍ったまま東京の中心にあり続けます。未知の生物ですから、何かの拍子に活動を再開するかもしれません。これは、まさに福島の現状を表しています。放射能は止まったわけではなく、汚染水が止まり、廃炉ができるまでには気の遠くなる時間がかかるでしょう。いや、永久にできないという結論になるかもしれません。そのような制御不可能な危険物が日本の真ん中にあり続けるのだということを、「シン・ゴジラ」の結末は私たちにつきつけます。この映画は、時代の反映物として、初代「ゴジラ」のように語り継がれることでしょう。

恐怖度 9
娯楽度 8
時代性 10
個人的総合 9

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コメント

なるほど納得な解釈ですね。
そして、自分はなぜ気が付かないかな見方浅いなと(;´Д`)」
しかし、おかげで瓦礫を見た時の妙な既視感と説得力に
納得がいきました。

ゴジラは着ぐるみ感のある描写でしたが、被害の状況がリアルなので説得力があるんですよね。
実は「君の名は。」にも災害の影響が顕著で、そういう2作がヒットしたのは、人々の記憶に訴えたからなのかなと思いました。

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