映画一刀両断 Feed

2016年10月19日 (水)

映画 聲の形

 マンガは最初だけ知っており、また、製作が京アニであることから、TVシリーズが放映済みでその完結編ではないか、と誤解していた。実際はこれが初の映像化である。
 「君の名は。」効果か、カップルの観客が多かったが、上映が終わった館内は静まり返っていた。そりゃそうだ、見て楽しくなれるストーリーじゃない。心理描写中心の、考えさせるドラマだった。

 主人公の将也は、小学生時代に、耳の聞こえない硝子をいじめた。硝子がいかにハンデを克服するか、そういう話ならこれまでにたくさんあった。一方この映画は将也の側に視点を絞り、彼の贖罪と彼への許しを描くことに挑戦していた。
 だが私にはしっくりこなかった。

注:以下にネタバレを含む

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2016年9月18日 (日)

ゴーストバスターズ

 主人公チームを全部女性キャストにとっかえたリブート映画。洋画で女性キャストとくれば美女が勢ぞろいするもんだ、という事前の予想をうらぎって、本当にさえない女たちで驚いた。さえない男たちがゴースト退治で立ち上がっていく旧作を、意外にまじめになぞっているようだ。ただ、旧作のファンに気を使ってか、どうも中途半端な印象だ。
 例えばオープニング。幽霊騒ぎが起こり、お馴染みのテーマ曲がかかって盛り上がりそうになるが、なぜか途中で切られる。
 また、旧作の主要キャストが何人もカメオ出演するのだが、前作と関係がない配役のため、別にそこで出なくても、と思ってしまう。でも黒人はよかった。旧作で4人目のゴーストバスターズとなった彼、とりあえず白人ばかりだと人種的にあれなので一人足しときました、というテキトーなキャラだったのだが、今回もはずされることなく出演しているのは嬉しい。
 そして、肝心の新ゴーストも魅力に乏しい。個人的にはオープニングの女幽霊がとても強そうで貫禄があったので、こっちをボスにしてほしかった。中盤の悪魔っぽいゴーストは特に陳腐。街を襲う巨大ゴーストを、ねぶただの竹馬大道芸人だのお祭りっぽく演出したのはなかなかうまかったが、全体的には平凡だった。
 女性ばかりのゴーストバスターズにあって、ただ一人の男性であるケヴィン。見た目だけよく、受付もろくにできない無能だが、こういうキャラが後で意外な活躍をするんだよね、と思っていたら何にもせず終わった。おいおい。と思ったらエンドロールで大活躍。演じたクリス・ヘムズワースにもう二度とまともなイケメン役がまわってこなくなるんじゃないかと心配になるインパクト。次点は、ケイト・マッキノン演じるホルツマンの二丁拳銃か。これもインパクトがあってクールだった。
 エンドロール後の内容は、チャンスがあったら続編を、という雰囲気だがこれも控えめで中途半端。リブートを作るのに思い切りは大事だな、と痛感させられる。

美人度 4
ギャグ 4
ドラマ性 3
個人的総合 5

2016年9月11日 (日)

君の名は。

 新海誠ファンの彼は拗ねていた。
 「君の名は。」が大ヒットし、興行収入もジブリか細田守かという水準になることが予想されている。そんなばかな。新海誠と言えば、煮え切らないモノローグとやりきれないエンディングであり、一般客がニコニコできる要素などさらさらなく、わかる奴だけに支持されるマイナーの巨匠だ。俺たちの新海はどこへ行く。

 だが上映が始まると、5分で彼は安心した。この独特の空、そして饒舌なモノローグ、間違いない、いつもの新海節だ。
 新海誠はゲームのオープニングを数多く手がけてきた。「君の名は。」は、随所でRadwimpsの曲のMVとなっており、ここでも特技が発揮されていた。

注意:以下にネタバレを含みます

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2016年9月 4日 (日)

シン・ゴジラ

 遅ればせながら観て参りました。評判通りの傑作です。
 どこが素晴らしいのかは、すでに書き尽くされているので、ここでは、ゴジラの比喩に絞って述べたいと思います。

 1954年の「ゴジラ」は、ビキニ環礁の水爆実験を背景にして出現しました。原爆の被害から10年経っていない中、さらなる核兵器の実験が行われていることに対しての不安や恐怖が、怪獣という形で表現されたわけです。「ゴジラ」は名作と言われますが、残念なことに、私たちはその頃の時代背景をリアルに感じることはできません。
 「シン・ゴジラ」は、この初代ゴジラを蘇らせます。強く恐ろしい、未知の存在として描かれており、怪獣バトルで楽しませてくれるゴジラたちとは全く異質です。そして、現代の私たちにとってリアルに感じることができる不安や恐怖のイメージとして、東日本大震災を選んでいます。

注意:以下に、ネタバレを含む

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2016年8月22日 (月)

シング・ストリート 未来へのうた

 舞台は80年代のアイルランド。コナーは親の経済的な事情により転校になり、新しい学校でさっそくいじめの洗礼を受けます。ところが、学校の前で出会った自称モデルのラフィーナに一目ぼれ。バンドのMVに出ないかと声をかけたものの、これが口から出まかせで、あわててメンバーを集めてバンドを結成します。彼らが作ったという設定の、80年代風味オリジナルソングがいちいちよく出来ています。
 恋と音楽の青春ストーリーは、爽やかそのものですが、意地の悪い言い方をすると、リア充でもなく若くもない私にとっては、何の接点もない話になりかねません。ところがここで、鍵となる人物が出てきます。
 それはコナーの兄、ブレンダンです。音楽オタクの彼は、コナーの師匠のような存在。コナーがバンドを結成し、ヒット曲を演奏すると、「女を口説くのに他人の歌を使うな」と、高邁な精神論をぶちかまします。また、コナーたちが作詞作曲に詰まれば、どこからともなく名盤を引っ張り出して参考にさせます。当時のアイルランドは不況下にあり、ブレンダンは無職の引きこもりのような状況なのですが、それでもコナーは音楽の見識のある兄を尊敬し頼りにしているのです。

以下に結末のネタバレを含みます

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2016年8月16日 (火)

マレフィセント

 「眠れる森の美女」を題材にしたディズニーの実写映画。感想は三つ。

 一つ。冒頭の、ファンタジー世界の造形が素晴らしい。マレフィセントが住む妖精の国は、最新のCG技術によって描かれているが、これが何とも懐かしく、しっくりくる。昔私が好きだった映画、「ネバーエンディングストーリー」によく似た感じだからだと思う。
 二つ。マレフィセントの姿があまりに見事で恐ろしげなので、これは「ダークナイト」にも比すべきピカレスクな物語なのかと思ったら全く違った。人間の側が全面的に悪なのだった。よく考えなくとも、ディズニー映画が悪を称えるような話を作るはずがなかった
 三つ。マレフィセントとオーロラの関係性は、雪の女王とアナの関係に似たものがあり、王子が真実の愛を発揮できないところまで同じである。王子と姫というおとぎ話の定型を崩し、現代の観客に共感されるストーリーを描こうという意図はわかるが、アナ雪と続けて公開すると、ちょっと女性優位が過ぎるように思う。今後は、ディズニー作品の中で元気な男性を見ることは少なくなっていくのだろうか。

背景 9
コスチューム 8
結末 5
個人的総合 6

2016年7月26日 (火)

KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV

 「キングスグレイブ」と聞いて、「王の墓」とはなんと陰気なタイトル、と思ったら綴りが違った。主人公ニックスが所属する精鋭部隊「王の剣」のことだった。

 開幕、ナレーションで背景が語られるが、次々に飛び出す専門用語に国名に人名。マニアックなゲームそのもので心配になるが、場面が変わって大バトルとなり安心そして納得。アクションがメインで、他はなるべく早く済ませようというわけだ。
 実際、内容のほとんどがアクションシーンで、ストーリーなどほんのお飾りに過ぎない。ただ、昔の映画ファイナルファンタジーと違って、面白いかつまらないかで言えばちゃんと面白い。CGの質は非常に高く、キャラも良ければアクションも良い。未来だか現在だか、西洋だか日本だかさっぱりわからない世界観も、高度なCGによって説得力を付与されている。この面白さの質はゲームのトレーラーそのもので、2時間かけたゲームのムービーと考えてもらって差し支えない。観終わったらFFXVが予約したくなることは請け合いだ。
 だが残念なことに、映画として観た場合の完成度は悪い。ストーリーは構成もクソもないご都合主義の連発で、かっこいい場面をつなげるために作られた感がありあり。アクションも確かにすごいのだが、何がどうなっているのかわからない場面が多数。剣を投げてそこへ瞬間移動する、というFFXVのノクトの技が、この映画では「王の剣」部隊の技として、ニックス他何人かが普通に使いまくる。結果、観客がアクションの主体を見失い、何が何だか分からなくなる。かたや、「マッドマックス」にせよ「キングスマン」にせよ、どんなにアクションが激しくなっても、わかりやすさが損なわれない。
 技術を誇示したがるのは、ゲーム制作者の悪い癖だ。映画館でやる限りは、観客が求めるものは物語の方であり、万人にわかる、伝わるを軽んじては評価は得られない。

 エンドロール後、ゲームとのつながりを伝える映像が少し流れる。「キングスグレイブ」のCGが凄すぎて、「PS4しょぼいな!」と思ってしまった。

技術アピール 10
物語アピール 3
声優アピール 4
個人的総合 5

2016年7月24日 (日)

バケモノの子

 細田守は、今一番心配なアニメ監督。興行収入は順調に上がっているが、万人受けを義務付けられてか、作を追うごとに衰えてきている。

 「バケモノの子」、途中までは楽しい。父と子の物語だが、熊徹の典型的な粗暴キャラと、意外と冷静で観察力のある九太の組み合わせがうまくいっている。宗師様が、九太より熊徹の方が成長している、と指摘する場面が本作の白眉である。
 なので、熊徹が闘技会で勝ち、しかし次の宗師の座には興味がないので返上する、あたりで終わってくれれば言うことはなかったのだが、以降の物語が全く蛇足。劇場アニメとして、大スペクタクルを用意してくださいよ、と言われて無理やり事件を大きくした感じが否めない。事件も唐突なら解決方法も唐突。せっかく熊徹と闘技・剣技を修行してきたのに、テレビゲームのようなバトルなのも残念。
 バケモノがわんさと出ていても、この映画の主旨は明らかに人間ドラマにあるので、作り手側には地味な場面で通す勇気がほしかったところだ。

 「おおかみこどもの雨と雪」が、随所で思い出される。熊徹の元で修行する九太は、人里を去った雨のその後のようにも見える。九太と楓は図書館で知り合い、勉強を通じて距離を縮めるが、これはおおかみおとこと花との出会いの繰り返しだ。「おおかみこども」→「バケモノの子」→「おおかみこども」という無限ループに、細田監督の世界観は収斂していくのだろうか。

キャラの性格 8
キャラの造形 4
キャラの声  6
個人的総合 5

2016年6月12日 (日)

ズートピア

 予告編等から、これはさすがに子供向けだからパス、と思っていたのだが、

忍之閻魔帳 琥珀色の戯言 島国大和のド畜生

ネットでの評判が良いので前言撤回して観に行った。このブログは定期的にディズニー映画を観ては満点をつけるルーチンに陥っているが、実際良く出来ているのだから仕方がない。

注意:以下にネタバレを含む

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2016年6月 8日 (水)

アイアムアヒーロー

 こんなに悲鳴の上がる映画館は初めて。想定外のおぞましさに、途中退出する客もいたと聞く。映画「アイアムアヒーロー」は、原作とは異なる三つの方法で、何も知らない観客を騙しにかかる。

●予告編詐欺
 明るい音楽も相まって、何やら面白げなパニック大作という雰囲気。実際はそんな音楽は使われず、目をそむけたくなる残虐表現の連続だ。

●パンフレット詐欺
 驚いたことに、パンフレットまでもが客を欺く。ピンク色のポップな装丁。有村架純の写真は本編と異なるものが使用され、ネタバレが避けられている。

●配役詐欺
 冒頭で、マンガのアシスタントをしている英雄(大泉洋)。先輩アシスタントは塚地武雅、マンガ家の先生にはマキタスポーツがキャスティングされている。どう見てもコメディの布陣であり、観客の緊張感は0に等しい。

 一方、原作を知っている私は騙されないが、妥協のない映像には拍手喝采。変わり果てたてっこの映像化が完璧なのに喜び、大スケールのパニックシーンにも満足。どんなにリアルなホラーでも、外国人が演じ外国が舞台になっていると、それだけでフィクションという安心感があるが、本作は日本人が日本の街でやっているため、格段の不気味さがある。
 映画の結末は、原作のショッピングモールまでなので、客観的には途中である。しかしながら、謎を放り出したままその場を脱出して終わり、というのはゾンビ映画の伝統的な型であるため、非常に収まりが良い。原作はこれ以降実写化に向かない展開となるため、続編は多分やらない方がいいだろう。

配役 8
原作再現度 9
グロ度 10
個人的総合 7

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